バク_




早朝、まだ朝練の生徒しかいないような時間帯。薄桃色に白い可憐な花の模様が描かれた可愛らしい封筒を、あたしは一つの靴箱に入れた。封はベタにハートのシール。中身は封筒とお揃いの便箋で、中身はもちもん、恋する乙女心をひたすら綴ったラブレター。名前はあえて無記入。ただ宛名、

『榊太郎様』

それだけしか書かなかった封筒。そう、先生宛。あたしから、榊先生へ、思いの詰まったラブレター。どうか、どうか・・・受け取って。

「・・・・・」

早朝、でもない、生徒が続々と登校してくる時間帯。ピーク時ほどではないが賑わう下駄箱で、彼は悩んでいた。いつも通り。通常通りに履いてきた革靴を手に、自分の靴箱を開けてみれば、そこには見慣れぬ物。見たところ、手紙のようだ。初々しささえ感じてくるような桃色の、一見して恋文だと分かるようなその外装。なぜそんなものが、自分の靴箱に・・?

「・・・・・」

無言で僅かに首を傾げる。手に取ってみれば、宛名には自分の名が。少女らしい丸みを帯びた、世間的に可愛らしい字体。そのまま裏を引っ繰り返して見たが、送り主の名はない。その代わりに封されたハート型のシールが目に飛び込んできて、内心でひどく動揺してしまった。そう、動揺。なんてらしくない。これくらいで・・・。片手に持ったままだった革靴をゆっくりと自分の足元へと下ろした。そして些か慎重に、なんとなしに丁寧に、ハートのシールを剥がす。・・ペリ、と、周りの雑音で消されてしまうくらいに微かな音。糊付けはされていなかった。封筒の中に同色の便箋が見える。

「・・ん、んん・・・」

ここまで来て、彼はいよいよ僅かに唸った。なぜだろうか。この便箋一つを見るに、とても心臓が痛い。自然と眉間に皺が寄っていたが、それには全く気付かなかった。意識は手の中の、桃色の文。封筒から便箋を取り出した。薄い。一枚きりだった。恋文にしては少ない。そう経験上咄嗟に浮かんだ考えは、いやしかし、たった一枚の桃色の便箋の前では打ち消える。三枚も四枚もの厚みより、たった一枚。この封筒、このハートの封、この便箋にはそれが当たり前の決定事項であるかのような自然さだった。この一枚きりに、例え一般的には少なくとも、この文の送り主の想いが十分に込められているのであろう。唯一である一枚を、開く。

『榊太郎様』

宛名と同じ字が並ぶ。

『先生を思っています。一時一時、いつでも私の胸の中は先生でいっぱいです』

丸まった可愛らしい、けれども読みやすい字が躍る。ボールペンで書かれているであろうその文字ですら桃色。心へと直接的にこの子の想いが伝わってくる。

『先生、どうか忘れないでください。先生を思う私のこと。先生を見る私のこと』

何年ぶり、だろうか・・。確かに胸が震えていた。生徒からの恋文に、教師として不謹慎にも喜んでいる自分がいる。馬鹿な。立場を考えろ。歳を考えろ。心を叱咤する。そして、

『P.S. 先生、髪の恨みは恐ろしいものなんですよ』

文末、意味深に踊った追伸文。これまでの字とは何ら変わらず、その一文があった。

「髪・・?」

そこは何度読み返そうとも、やはり、

『P.S. 先生、髪の恨みは恐ろしいものなんですよ』

女子中学生の間で流行っている言葉遊びの一つだろうか。この一文だけがまるで暗号だった。どう捉えようとも意味が分からない。繋がらない。そこまで頭を捻って、ふと、

「・・・・・忘れていた」

自身の靴箱。革靴を入れようと開いたそこに、桃色の封筒。今も手に持つそれと同様の物が、一通二通三通四通・・・本格的に数えなければ分からないほどに乱雑に、靴など置けぬ勢いで、まだまだ静かにあった。