桜の吹雪く四月。同じ年の者がそうであるように、彼もまたこの日は社会の階段を一つ上った。










  
サンキュー!
     
skylineをして










『新入生の皆さん。この度はご入学、おめでとうございます。我が校へ―・・・』



校長の長い挨拶が始まった少しだけ緊張した雰囲気の体育館。真新しく皺のない学生服を着込んだピカピカの高校一年生たちの中に、一際目立つ橙色の髪を持った少年がいた。もちろんこの髪色は生まれたときからの、幼少時に死去した母から受け継いだ地毛である。が、それを知らない他の生徒、教師からの不躾な視線は、この入学式が始まって三十分は経つというのに一向に離れる気配を見せない。それはもう好奇な視線に慣れていたはずの彼でさえ辟易してしまうほどに。

「(まじ、最っ悪・・・!)」

新しい環境へと飛び込み新しい人と関るのだ、それなりの覚悟はしていた。それでも覚悟以上の重みは自然と眉間に皺を寄せ、威圧感さえ漂わせる。それにより幾分か視線はサッと慌てたように逸らされたが、やはり両手で足りない数の目線。一番キツイのは教師や来賓の座る上座から突き刺さる視線だ。中学時代がそうだったように、髪色だけで不良だと決め付けられ、理不尽に教師からの一方的な冷めた目を向けられることが、やっぱり哀しく感じた。それでも母からの大事な遺産を、人工的な色で塗り潰してしまおうとは一切思わないが。彼を良く知る中学時代の友人たちは危惧したとおりの現状に「やっぱり」と憂い、気性の荒い者に限っては怒りさえ感じ当事者以上に殺気だっていたりもするのだが、少年がそれを人伝いに聞くのは数日後のことである。




同じ黒の波の中、前方で逃げるように進む橙頭を見つけ、浅野は慌てたように傍らの友人を置き去りにし走り出した。

「いっっっちごーぅ!」

声と共に肩にズッシリ回された腕の重みに一瞬だけ呻いて、歩を止めた一護は不機嫌な顔を中学からの友人に隠すこともせず向けた。通常ならその殺気染みた顔に引くところだが、人一倍ポジティブで友人大好きな浅野は全く引くことなどなく。逆にその顔へ笑顔を向け返す。浅野に置いて行かれた形となった一護のもう一人の友人も駆け足で近寄り、ついでとばかりに辛辣な言葉と軽い蹴りを浅野へと贈った(軽いわりには蹴られた浅野の尻からは鈍く重い音が響いた)。

「ちょっと浅野さん、存在が邪魔なんだけど」

「ぇえっ!?存在規模で俺って邪魔なの?!ってか痛いよ水色ッ」

気の置ける友人の自然と自分を気遣う様子に苦笑して、一護は胸に溜まった靄を吐き出すように小さく息を吐いた。眉間に深く寄った皺に緩和の変化はないが。

「お前ら、クラスどこだっけ」

人の多い校門を抜け出し桜の並木を横目に、三人揃って歩き出す。微かな風に揺れ雪のように舞い散るピンクの花弁を見上げて、一護は今朝聞いたはずだが既に忘れてしまっていた友人たちの新しいクラスを聞いた。

「もう忘れたのかよ一護ォ!俺らは三組だってーの」

「一護は五組だっけ。確か朽木さんと一緒でしょ?」

黒髪美少女――なのは見た目の話だけで、中身は勇ましく古めかしい口調の朽木ルキア。彼女もまた中学からの友人であり女友達としては一護と対等以上に渡り合う貴重な存在である。

「そういや朽木さんはどしたの?」

「さっすが浅野さん。今更何言ってんだか」

「酷ッ!」

言うや否やキョロキョロ辺りを見回し始めた浅野に辛辣な言葉を吐く小島。それに一々傷ついたリアクションを見せる浅野は放って、一護は「うーん」と唸ったあとに彼女の去り際を話した。



『おいルキア、帰り―・・』

『すまない一護!今日は兄様と食事の約束をしておるのだっ』

『あ、ああ・・・』



尊敬する兄との久々の食事を全身で喜んでいた彼女の様子を思い返すと、自然と穏やかな笑みが浮かぶ。小島と浅野もまたそれを聞いて穏やかに笑った。





取り留めなく話しながら通学路を歩いていると、突然浅野が「ああ!」と思い至ったように大声を上げ両脇を歩んでいた一護と小島の鼓膜を震わせる。その後に容赦なく両脇から拳を貰った涙目のまま痛む頭を抱えて、浅野は慌てたように声を上げた。

「へ、変な先生見なかった?!水色の変な先生!」

「は?水色?」

「ちょっと浅野さん、それって遠回しに喧嘩売ってるよね」

年上のお姉様方に騒がれる甘い顔に一際イイ笑顔を浮かべ、小島“水色”は固く握った拳を見せる。浅野は青褪めた顔を激しく左右に振りながら後ずさり一護の背後に隠れた。

「違う違う!頭の色が水色の変な先生がいたんだって!」

「は?マジで?」

「ぁあ、いたね。式のときに後ろの方にいた人でしょ?」

「後ろォ?・・・・わかんねー」

しっかりと特徴を捉える位には伺っていた浅野が言うには、頭は鮮やかな水色。背も高くスラッと黒いスーツを着こなした、所謂“モテる先生”というやつだ。実際新入生である女子からの熱い目線が凄かったらしい。

「浅野さん、暇だね。よくやるね」

「あれ、ちょっ、褒めてる?これって褒めてるの?」

漫才紛いのやり取りに一護が堪え切れずに笑っていると、浅野はまたもや「ああ!」と大声を上げた。今度は一護の顔をしっかりと見て。

「一護のこと見てたんだよその先生!式の間ずぅううううっと!」

「あ?」

なんだそりゃ。ただでさえ不機嫌に見える顔を更に歪ませる。浅野は意味有り気に辺りの様子を伺い、人の気配がないのを確かめてからひっそりと忠告した。

「気をつけた方がいいかもよ一護。すんごい目ぇしてたから・・・」

「でもソイツの髪も派手だったんだろ?なら俺に文句言えねぇじゃねーか」

「だけどあっちは“先生”だから・・・妙な難癖付けて来るかもよ?中学の時みたいにさ」

「そうだぜ一護ぉ・・・」

中学時代、地毛の文句を言われないために一護は真面目に勉強し上位の成績を取っていた。成績さえしっかりしていれば文句や指導をしてくる先生は殆んど居なかったものの、逆にその優等生な態度が気に入らない先生(特に体育会系の生徒指導の奴ら)なんかには酷く目をつけられて事あるごとに理不尽な難癖をつけられた。そんな嫌な思い出に三人ともが苦い顔をする。浅野はそのまま頭を抱えて唸りだし、一護はもう慣れた扱いに溜息を吐いた。ただ小島だけは素早く頭のスイッチを切り替える。

「一護、変な事される前に教えてね?何とかするから・・・浅野さんが」

「俺が?!」

今日の水色は普段の三割り増しで酷いよッ!などなど泣き叫ぶ友人らの沈まないテンションのおかげか、最悪だった入学式の帰り道を楽しく過ごせた一護は、心中で静かに友へ感謝した。



いつも ありがとう。



こうして彼らの一年が始まった。