コンビニで考える15のお題
3。時給780円
いつだったか、正確に覚えてはいないけれどさして昔でもない、夏のこと。
「500円、出す」
蝉が毎度の事ながらミンミンミンミン五月蝿い夏のある朝。蒸し暑いなか学校へと夏期講習に向かう俺の足を止めたソイツは、偉そうに踏ん反り返って言った。
「500円、出すから、頼む」
走ってきたのか軽く息を乱して、頬を伝い落ちるほどに汗を掻いて、パーの手を突き出してくるその態度。間違っても「頼む」と言っているようには見えない。
「なに、お前」
暑っ苦しい。とはさすがにキレそうなので言わず心に仕舞い込み、一歩だけ足を下げた。少しでも離れれば無駄にこの男から伝わってくる熱気から逃れられるかと思って(そしてやっぱり、その貴重な一歩分の熱気は消えてくれた)。
「時給で、500円、だ」
「安いなオイ」
じゃ、なくて。
「時給って何だよ。頼みって?」
どうせろくなことじゃないと分かっているが、聞くくらいはしないと大人しく帰ってくれないだろう。少しでも涼める学校へと早く向かいたいのだ。用件があるなら早くしろ、と目でキツク睨んでやれば、ソイツは息を落ち着けてから神妙な顔で叫んだ。
「俺の家、やべえんだよッ!!」
「・・・・・」
一体全体コイツの家の何がやばいのか・・・それは引っ張られて(夏期講習は強制的に休学させられた。今度美味いもんでも奢らせてやるちくしょぅ)ずるずると向かったその、やばい家に着いて、早々に判明した。
「・・・・・やべえな」
「・・・だろ?」
熱気!そして臭気!
ゴミに埋もれた部屋はムンムンと不快通り越して気持ち悪いほどに熱気と臭気を発し、とてもじゃないが人の住む所じゃない魔の巣窟と化している。清潔感と高級感溢れる真っ白な壁もなんだか濁って見えるくらいで、思わず握り拳を震わせた。ああ、ああ!せっかくの高級マンションが台無しだよこの道楽息子があッ!
「お前、いっぺん死ね」
「・・・ごめんなさい」
素直にペコリと頭を下げてみせたバカの水色頭を見下ろして、俺は仕方なしに溜め息吐いた。
「時給は780円で」
「お、おおう!」
コンビニのバイト代よりは少し上乗せして(いやだってコレ・・・もっと貰ってもいいくらいだぞ?ゴミ屋敷だぞ?780円安いぞいっそ!)ゴミ部屋へと足を踏み入れた。
今日の予定、夏期講習→変更(不本意)→大掃除
これ一回きりで勘弁してくれ・・(俺はお前の母親か!)。