そっと握った白い手は意外に温かく、一護はその手を見たまま数度瞬きをした。
そんな一護を見やり、手の主は一瞬だけ笑む。
己の“王”に一度だって見せたことのない優しい笑みで。

「オラ、行くぞ」

キョトンとした顔でいつまでも手を見つめている一護の手を引っ張り、彼は教室を出た。

「・・・・・んだよ、コレ・・」

廊下を見た途端、一護は呆然と呟いた。
いつもの学校と少し雰囲気が違うなと思っていたが、此処の廊下は通常の学校のそれと全く違う。普通は教室に沿って真っ直ぐに伸びているであろう床は、縦横無人にグネグネと、何本にも分かれて伸びていた。おまけに“窓”と呼ばれる物が見当たらない。
コレでは帰ろうにも帰れないし、自分を“迷った”だの“探した”だの言った彼の言うことも分かる。
先の見えない廊下を見つめ、一護は帰れるのだろうかと不安に思った。この学校の不気味な雰囲気には“帰さない”という意思が感じれる。

「妙な顔すんな・・・出口までちゃんと送る」

一護の不安を感じ取ったのか、彼は温かい手をグッと強く握った。
その温かさは不思議と一護の心を安心させる。

「・・・頼む」

グッと手を握り返し照れ臭そうに呟いた一護を見て、彼は白い牙を見せて笑った。



右に左に上に下に。ごちゃごちゃと曲がりくねった廊下を手を引かれるままにひた進む。自分達が一番初めに居たアノ教室からどう進んだのかすら分からないほど複雑に、それでも帰るべき道を分かっているかのように躊躇もなく進んで行く。そうして何時間か、否、もしかしたらたった何十分だったかも知れない時間で、一護は“出口”へと辿り着いた。

「これで帰れんのか・・・?」

此処まで進んできた道がオカシな道だけに、一護は出口を前に不安がった。それにフンッと鼻で笑った彼は「出口だ」とだけ返す。そして一護の手を引いたまま出口に近付き、その戸を片手で開けた。軽く開かれた戸の先には白く輝く光が見える。光を見て漸く、一護は自分が“帰れる”ことを実感した。

「・・・ありがとうな、ここまで」

やはり照れ臭そうに、それでもしっかりと黒と金の目を見て、一護は礼を言う。礼を言われた彼はフイッとその目を明後日の方向へと背けた。まるで照れているかのような仕草。一護は微笑ましく思い笑って、握られっぱなしだった手を離しながら別れを言った。

「じゃ、帰るよ」

スルリ、滑るように離れる手。一護が半分背を向け指と指が擦れ合った時、その手は彼の一声と共にまた強く握られた。

「・・・オイ」

「んっ?な・・」

引き寄せられた手と、柔かくぶつかった唇。ちゅっと音をたてた一瞬だけの可愛いキスに呆然とし、見開かれた一護の目を見て、彼はニヤリ、彼らしい笑みを見せた。

「たまには遊びに来いよな・・・“王サマ”」















上半身だけ起き上がった体勢で、そこが自室だと理解した一護は眉間の皺を深めた。寝起きの頭で考えられることなんてのは高が知れているが、それでも今まで見ていた夢は鮮明過ぎて、何だかアレだった。考えられ過ぎて嫌だ。どうせならいつもの夢のように、起きた瞬間に忘れてくれれば良かったのに。こういうときに限って脳は記憶に残しておくのだ。

「・・・・・マジで?」

夢の内容が何だかアレ過ぎて、一護を片手で俯く額を押さえた。もう片手は例の口元を覆っている。朝日に光るオレンジの髪の隙間や覆っている手の隙間からは、赤く染まった肌が覗いて見えた。

「お兄ちゃぁーん、朝ご飯だよー!」

「・・・おー・・」

数十分はその体勢で固まっていただろうか。階下から聞こえた妹の朝食を知られる声に力ない返事を返し、一護は漸く赤く火照り涙目になった顔を上げた。

「ちくしょぉー・・・」

また口元を手で覆ったまま、悔しげに呟かれた一言。唇に残っていたソノ感触と、握られていた手に残る温度がリアル過ぎて、さっきまでの出来事を、一護は“夢”であって“夢”でないと判断するしかなかった。布団からやっと抜け出し寝巻きを脱ぎながら、一護は近いうちにこの現実で会うだろう彼の、アノ意地悪い笑みを思い出す。
・・・そうか、だからだ!
“夢”じゃないからキスなんてしやがったんだあの野郎ぉ・・・!
怒り、とは何だか違う、恥かしいという感情だけで、一護はやっぱり呟いた。

「ちくしょぉ・・・」





もう勘弁してください。