+++ すれちがいクロスロード +++ 二の巻
昨夜、片想いをしていた相手に『苦手』だと言われた。
相手はどう見ても酔っていたし、今思い返しても出会いがアレだから酔った末の冗談だったのかもしれない。それでもこうして酒を飲むに誘われたり、あの優しい笑顔を向けられたりで舞い上がっていた俺のバカな心を沈めるには十分な威力を持っていた。
「俺、今でも貴方のこと、嫌いというか・・・・苦手です」
目線すら合わされないその一言は、「嫌い」を通り越しての「苦手」だと言われたように思えた。実際は「嫌い」ではないけれど「苦手」なんです、と言った意味なのだろう。だが奈落の底へと落ちるような心境の俺には、激昂してこの場でこの人に無理矢理気持ちを押し付ける・・なんてのをどうにか抑える為の気力しかなく、横を向き俯いたままのその人を呆然と見ていた。飲み屋特有の喧騒の中で、静かさを保っていた俺たちは傍から見たらどんなに滑稽だろうか。何も別れ話をしているだとか、親しい仲間が戦場で散ったとか、そういう暗い話をしているのでもないのに。そんなことを考えながらじっと見つめたままだったその人は、不意に俺の目を見た。合わさる視線。こんな時でもなお、俺の心は喜びに震えた。視線すら合わせてもらえなかった険悪な日々を思えば、今の状況のなんと恵まれたことか・・!でも、こうして俺の目を見てくれるこの人は、俺のことが「苦手」らしい。震えていた心もその事実に凍りつく。真っ直ぐなその目が痛い。眩しいくらいに・・・。その目線にも、この人に似合わない沈黙にも耐えられない。緊張に乾く舌を叱咤させ、回らない頭の中で浮かんだものをなんとか言葉として口に出す。そうしてこの人相手だから向ける一番の笑顔は、どう映っただろう。暫しの沈黙がまたこの場を支配してから漸く、俺はガラにもなくハッとした。「あれ、俺、さっき・・・この人に何て言った・・?」考えるわけでもなく、沈黙を破ろうと口にした無意識下の一言。どうやら自分もかなり酔っているらしい・・・それでも自分が何を言ったのか、鮮明に覚えていた。
「俺は、貴方のこと・・・」
「今でも 嫌い です」
己の言葉に青褪めたときには既に、その人の目はこちらを見ていなかった。そして無感情に返された一言。
「そうですか・・・」
ああ、今度こそダメだ。完全に嫌われた・・・。好意を寄せていた相手に嫌われたことの恐怖、絶望。上忍らしからぬ満散な注意力と思考回路でこの場からどう消えたのかは覚えていないが、気付いたときには見知った部屋のソファに横たわっていた。
「と、いうわけで・・」
「ああ、そうかい」
項垂れた頭をソファの背に押し付けて、俺は昨夜からここに至るまでの経緯を話し終えた。この部屋の主である髭面の友人は「面倒臭ぇ・・」といった顔を隠しもせずに愛用の煙草を吸い、ヤニに染まった天井へ向けて煙を吐き出す。この友人、昨夜は泥酔して押しかけた俺にソファを与えてくれたようで、今も面倒ながらに最後まで話を聞いてくれた・・・俺には勿体無いほどのいい奴だ。ほとんど自爆という形で失恋した身としては、そんな無骨な優しさが心に染みる。
「お前、仕事はどうした」
「休み・・・」
いつまでも項垂れている俺に痺れを切らしたか、アスマは別の話を振った。だがこの話で思い出される昨夜の甘い記憶・・・。
『カカシさん、明日お休みなんですか?』
『ええ、久しぶりに』
『それなら今日は景気よく飲めますね』
『え、いえ!先生は明日仕事あるでしょ?だからそんなに・・』
『大丈夫ですよ、実は俺、明日は午後からなんです!』
『あ、そうなんですか!』
『はい!俺も半日とはいえ、久しぶりの休みですよ〜』
思い出すまでもない、脳裏に焼き付いた子供のような全開の笑顔。あの笑顔を前にしただけで、乾いた心が潤い幸せな気分になっていた。その温かい幸せを、俺は自分の手で打ち砕いたのだ。
「っう、ぅうう・・・〜〜〜っ」
「おいおい勘弁しろよ・・マジ泣きかよ・・・」
呆れたような、途方に暮れたようなアスマの溜息を聞きながら、俺は声を抑えて泣いた。
―――大切な誰かを失っても涙なんて流れなかったのに・・・こんなに 好き だなんて