Insufficient love.     





夜中の無言電話。
「愛してる」の一言だけの投書。
いつだって感じる視線。


ストーカー


そうなのかなと、曖昧に気付いたのはもう三ヶ月も前。
そうだなと、自分の中で決定的になったのはそれから一週間後。

毎日、毎日、まいにち

自分も一緒に住むガキも眠れなくなって、夜中だけ電話線を抜くことにした。
これで深夜の静けさを切り裂く甲高い電子音を気にしなくて良い。
ガキが少し安心した顔をした。

愛してる、愛してる、愛してる、アイシテル

宛名もない真っ黒な封筒。
「愛してる」だけの紙。
毎日届くそれは鬱陶しいけれど、気にしなければいい。
何も思わず捨ててしまえばただのゴミ。
ガキたちが俺に見せる前に捨てるようになっても、ゴミくずから僅かに見える黒い封筒にゾッとする。
「愛してる」の言葉が、いつのまにか頭の中を支配していた。

見られている。今日も、誰かが見ている

付き纏う視線。
無言電話よりも、投書よりも、それは不快で気味が悪かった。
気持ち悪さで思わず眉間に皺を寄せれば、ガキたちが心配そうに仰ぎ見てくる。
あ、駄目だ。
これ以上、こいつらに心配させられない。
心配させちゃいけない。
視線なんて気にしないフリをした。
ガキたちには見られてないと嘘を吐く。
嘘を吐いて笑う傍らで、視線は蛇のように俺の体に絡んでいた。

「これ、どうすりゃいいわけ・・?」

ストレスのせいか、不眠が続く。
さすがに一人じゃ耐え切れなくなって、知り合いの警察に相談した。
煙草を片手に、今までずっと黙って話を聞いていたのはその男が一人。
仕事に真面目で、正義感に溢れていて、真っ直ぐで、頼りになると密かに思っている奴。
加えて、会うたび喧嘩する俺に同情することもないだろうから話がしやすかった。

「・・・ストーカー、ね」

どこか思慮深くその一言だけを煙と共に吐き出して、それっきり黙ってしまった。
黒の鋭い目はファミレスの窓の外。
なにか面白いモンでもあるの?とか、いつも出てくる軽口も疲れて出てこない。

「見られてるか?」

唐突な質問に頭が回らずキョトンとした目を向けてしまう。
目線の先の男は外を見たままに、もう一度同じ質問をした。

「視線は、今もか?」

「ぇ、あ・・」

そういえば、ない。
視線を全く感じない。

「な、い・・?」

ないはないで妙に不安を感じ、自分の目も外に向けた。
途端に前から感じる視線。
え?

「大丈夫だ。任せろ」

黒い目が今までになく優しく、珍しく穏やかな笑みで手が伸び頭に乗った。
安心しろ、とでも言いたげにくしゃりクセ毛を撫ぜられる。
ほんのり煙草の匂いがして、大きく温かいその手に、実際俺はひどく安心した。
不自然なほどにスッと体から力が抜ける。
頭の中でいろんな感情がごちゃごちゃして、震え出しそうになる体をなんとか押さえ込んだ。
それでも思わず溢れそうになった涙。
そんな俺を見て目の前の男は、安堵するようなひどく優しい笑みをみせた。




そのままファミレスで別れ、誰もいない万事屋に帰り、俺は思いっきり泣いた。
今まで我慢したストレスを、不安を、全て吐き出すように。
泣いて泣いて泣いて、布団に嗚咽を押し付けて、数刻経てば涙も枯れた。
ひどい顔。
呼吸もうまく出来ない。
泣き疲れて、泣き厭きて、いっそ笑えてきていた。


今日も投函されていた黒い封筒。
「愛してる」に、加わった、「逃がさない」の言葉。


ああ、ダメだ。
逃げられない。
逃げられない。
もう、逃げられない。



黒い封筒。
染み付いたように、知った煙草の匂いがした。





     愛してる。逃がさない。まだ、まだ、愛し足りない。