日々人と人の間で蔓延し語られる噂話の中でも、一際異色なのが“都市伝説”というやつだ。
何年か前に大騒ぎになった「口裂け女」や「人面犬」も都市伝説のようなもので・・。
ここ最近江戸の町の人々を恐怖で縛り付けている一つの噂話も、これまた都市伝説なのだろう。
真実なのか虚実なのか分からない。
だが、その都市伝説の被害者は一人、また一人と、確実に増えていた。
目 隠 し 鬼
夕暮れのかぶき町は夜に活動する者で溢れようとしている。かぶき町のほんの端際で、しが
ない甘味屋を経営している男は店を仕舞おうと店先にある暖簾を畳んでいた。此処は夜の店
もないから人通りもそんなに多くなく、人々は静かに夜を迎える準備をしている。甘味屋の男
もまたそうであった。家に帰れば女房が湯気のたつ美味い飯を作っている。今年で七つにな
る一人娘は、家に帰ってきた男を可愛い笑顔で真っ先に出迎えてくれるだろう。冬に生まれた
わりにあの子は寒がりだから、二人でくっついて炬燵に潜るのもいい。
ああ、家族のいることの、なんと幸せなことか・・・。
愛する女房と娘の笑顔を想いながら店を閉めた時、ふと視界の隅に何かが映りこんだ。黄昏
時の夕と夜の境目で、辺りはしんと、不気味なほどに静まり返っている。道には男の他に誰
一人、歩行者も客引きの女もいない。それは不自然な、不自然過ぎるほど淋しい空間だった
。時の止まったような世界。だが男はその異変に全く気付かなかった。視界に映りこんだ何か
・・それは男の一人娘に思える。浅葱色の質素な着物を着て、萌黄の帯を締めて、肩につく長
さの黒髪。顔は俯いていて見えないが、今朝見た娘の姿と全く変わらない。あの帯は男が締
めてやったのだから、間違いない。男の店から近い、道の隅に娘は一人座り込んでいる。そ
れは蹲っているようにも見えて、男は慌ててそこへ駆け寄った。
「こゆき、どうしたんだ?」
一人で男を迎えに来たんだろうか。辺りを見回すが女房の姿はない。
「こゆき・・?」
膝を折って屈みこみ、娘の名を呼べば、小さな肩がぴくりと動いた。そうしてゆっくり、黒髪を
僅かに揺らして男の方へ顔を向ける。それは笑顔だった。大事な一人娘の、純粋な笑顔。
その笑顔を最後に、男は闇に呑まれた。