せんせえ、すきです。
視界が揺れる。揺れる揺れる揺れる。
反転。
「え、先生っ?!」
「先生ぇッ!」
騒めきが、光が、遠のく。
ああ、お腹空いたなー・・・。
体を妙に重く感じながら瞼を開けば、素っ気無いほどに白い天井が目に入った。蛍光灯の明かりが目に痛い。遠くから生徒たちの声、足音。どうやらここは保健室らしいと、まだ覚醒しきれない頭でようやく認識する。と同時に感じた手の温もり。
「あ。・・・何コレ」
温かい左手に目をやれば、自分の手は別の手に握られていた。その手の主は、何故か中国人留学生である少女のもの。
「銀ちゃん、オハヨウ」
「ぁ、うん・・オハヨウ?」
何だこの状況は。思わず寝ていた体を起こしつつ首を傾げて挨拶を返せば、少女の目は些かムッとした感情を表に表した。
「みんな心配したヨ!」
握られたままの左手に強い力を感じ、少女の怒った様子を見て、自分がどうなって保健室で寝る破目になったのかを思い出す。
そう、だ。自分は授業中に倒れたんだ・・・極度の空腹で。
「銀ちゃん・・・・・莫迦ネ」
空腹で倒れたと正直に話せば、少女の目は怒りから蔑んだ色に変わった。顔いっぱいに「心配して損したっていうか何その理由はアホなことで倒れてんじゃねーよ」と書かれている。というか寧ろ直接そのままを言ってきたのだから自分の生徒の遠慮のなさには正直涙が出てきた。
「信じられないアル」
「莫迦ですね、バカ」
「尤も、この人が馬鹿なのは今更でさァ」
中国人少女と、眼鏡の地味な少年と、S星王子の少年。
「ぇ、ちょ、どこから出たの君たち・・?!」
「人を“黒光りするヤツ”が出た!みたいな目で見ないでくだせェ。さすがに傷つきまさァ」
「え?!僕ら“G”と同レベルですかっ?!」
「急に現れるから悪いヨ。スリッパで叩き潰されたいか」
「殺れるもんなら殺ってみろィ・・・」
「おおおお沖田さん?!僕の背中押さなッ・・ちょっ、神楽ちゃんヤメテぇえええええ!」
「・・・・・お前ら何しに来たの?」
場所を気にしない子供たち三人によって静寂であるはずの保健室は一気に騒がしくなった。悲鳴と鈍音が室内を支配する。ここまで騒いでて誰も文句を言って来ないところを見ると、自分たち以外に人がいないらしいからいいけれども。特に保健室を縄張りにしている高杉がいなくて本当に良かった。あいつは教師のくせに頭のネジが何本も吹き飛んでる。
「あ、土方さん」
「っえ?!」
その声に反応して咄嗟に振り向いてしまえば、さっきまで騒いでいた子供たちがニマニマと嫌な笑みを浮かべている。そこにはもちろん、『土方』の姿はない。
「銀、ちゃぁ〜んw」
「・・・何だ」
「土方さん、物凄く心配してましたよ?」
「・・・だから?」
「旦那もいい加減、素直になりやしょうぜ?こっちが苛々しまさァ」
「・・・・・何のこと?」
こいつらが何を言いたいのか、分かっているけれども認めたくない。むしろ土方と俺のことを何故こいつらが知っている・・?
「ふふっ、銀ちゃんたち分かりやすいネ」
はいどうぞと、少女は大好物であるはずの酢昆布を俺に差し出しながら優しく笑った。
「・・・・・参った参った。参りましたよぉ」
寝癖のついた銀髪をかきあげながら、俺は自分の気持ちを認めるしかなかった。
せんせえ、すきです。
俺も、好きだよ。
ああ、
なんて気恥ずかしい、
その笑みだろう。