返事はまだしていない。
二月十五日、これからの長い人生の分を併せても一番衝撃的であろうバレンタインデーだった次の日。相変わらずあいつの事だけを考えて登校した。ぐるぐると頭の中は落ち着かない。少し寝不足だ。フラつく頭で下駄箱を確認すれば昨日はなかったあいつの靴がある。今日はいるらしい。胃が痛い。胃薬でも飲んでくれば良かった。そんな現実逃避が空しい。どうすれば、いいんだろうか・・・・・返事なんてまだ考えてない。
どうすればいいのか分からない。
恋 愛 的 Fantasia
俺が教室に足を踏み入れた瞬間、一瞬だけクラスメイトたちの雑談が止まった。慌てたように開始される会話に溜息が出そうになる。昨日同様煩いのはちらちらと向けられる視線。みんな分かりやすくて助かるわ。なんて、皮肉を内心で思う。それだって心の中のほんの片隅だ。今の俺の心の大部分は、俺の隣の席で昨日置かれたままだった多くの机の上のチョコレートを嬉々として紙袋に詰め込んでいる男の事。教室に入って数歩進んだ先で足を止め、ついその幸せ満開な様子を眺めてしまった。何してんだこいつ。ありえねえ。
「馬鹿みてぇ・・」
呆れ漏れた声はしっかりと本人に届いてしまったようで、チョコレートから移った視線が真っ直ぐに俺を見る。瞬間に昨日の事を思い出して痛み出す軟弱な俺の胃。しっかりしろ馬鹿野郎!やっぱり胃薬飲んでくれば良かった!誰か持ってねえか?!・・・・・現実逃避、終了。
「土方、おっはよ!」
「おお、はよ・・」
俺に向けられていた目線は直ぐさまチョコレートへ戻り・・・って、おい。あれ?おかしくねえ?今の、普通じゃね?普通過ぎじゃね?昨日から疑問ばかりが渦巻く。転々とする状況についていけない。自分の席へ着いて普段通り、黙ったまま鞄を置く。そして隣りを盗み見れば、幸福そうに二、三個のチョコレートを食べる姿。朝っぱらからチョコレートかよ・・・うえ。思ったことがそのまま顔に出たんだろう。表情が顰められたと自分自身で分かった。凝視してしまった視線に気付いて俺へとまた目が向く。そしてそいつも顰めっ面になった。
「なんだよ、やらねーぞ!」
「いらねえよ」
咄嗟にいつも通りの返答が出た。ボケにはツッコミ。普段通りの会話に気が抜ける。俺が狙っていないと分かれば、チョコレートいっぱいの紙袋を二つ抱え込んで幸せそうに再開される甘味の鬼の糖分摂取。机の上に散乱したカラフルな包装紙は早くも五色になった。五色分のリボンが丸まるように絡まっている。緩みきった至福の表情。
「やばい、なんか喉渇いた。苺牛乳ね、土方くん」
「くたばれ」
今度の戯言は顔すら見ずに口から出た。慣れって怖いな・・・。いつの間にか、胃痛も治まった。何もなさ過ぎて。何もかもがいつも通り過ぎて。自分で考えて意識していないと忘れてしまいそうなくらいだった。昨日のことなのにまるで嘘みたいな日常。夢だった、と言われれば納得してしまうかもしれない。隣りにはニコニコ笑う、見慣れた腑抜け顔。その口に次々とチョコレートが運ばれていく。屑になる包装紙はどんどん増える。その様をぼんやりと眺めた。
何、考えてんだか・・・全く分からない。
なかったことにでもしていいのか?それとも、そうしたいのか?バレンタインデーは終わってしまった。だけどこの日、俺がこいつから特別を貰ったのは事実だ。クラスメイトの視線は相変わらずで、煩く感じたそれも今は現実を知らせてくれて調度いい。
俺はチョコレートを貰った。
返事はまだだ。
「・・・なあ、坂田」
「ん?なあに?」
俺の頭の中、今、お前でいっぱいだ。