募る想いのその先は
一番記憶に残ったのは、折れそうに細い白く透き通ったうなじ。
キレイに結い上げられた見事な白髪は自前だそうで、それでも老婆のような見目では決してない。女はまだ若かった。俺と同じほどか、それより下か。勝手に思っていたが存外話して見ると艶のある落ち着いた物腰で、俺より少し上なのだろうと印象付いた。
女は真っ白だった。
髪はもちろんのこと、肌も、身に纏う艶やかな着物ですら。白無垢のような着物にドキリとし、だがやはりその形は遊女のそれで、何故か残念にすら思ってしまう。そんな白の中、強く色を持った瞳と唇が女の美しさを増していた。赤い、紅い、宝石のような瞳。紅の塗られた色気ある唇。普通なら派手に思えるそれが、女にはひどく似合っていた。
女は決して多弁ではなかった。
遊女としては珍しいくらいに無口で、それでも女の作る沈黙は居心地の良いものだった。美味い酒を、美味い飯を共にして、静かに言葉を発するだけの空間。女をとったのはこれが初めてだったが、俺はたった一刻で随分と魅了されてしまった。
俺は遊女に本気になってしまった。
女は所詮客商売。俺は政府の名の下、誇りある看板背負った公人。地位のある身で遊郭の女に入れ込む事などさすがに出来なかった。俺には俺の背中を見ている部下がいる。厳しい模範にならなければならない。それでも地位はあるのだから、金があれば身請けぐらい・・・そこまで考えて、馬鹿らしいと自嘲するほかなかった。死と隣り合わせのこの地位に、愛しく想う女を巻き込むわけにはいかない・・・。強い自制心が働いた。
たった一度きり。
されど一度きり。
心臓が痛い。
また、会いたい。
数日悩み、このままでは仕事に支障が出ると思い始めた。俺らしくない。いっそもう一度、この想いを昇華してしまう前にもう一度だけでも・・・。忙しい日常の中で、安息するためだけにある休日。日が暮れ始める頃には自然と足は遊郭へ。暖簾を押せば店の主人が顔を出す。
「おや、これは副長様」
逸る心が主人の出迎えを押しのける。
「前の女はいるか?」
あの女、今は客をとっているだろうか。俺の知らない男とあの空間を作っているだろうか。否、ここは遊郭だ。もしかしたら、俺さえ触れなかったあの肌に、男が触れているかも知れない。それを思うと腹の奥で重たい何かが震えた。休日でなかったら、帯刀していたら・・・きっと今の俺は危険だ。
「前のと言いますと・・ああ、“白菊”ですね」
「ああ・・」
溜息交じりに頷いた。白い女に似合いの、白い源氏名。
「白菊でしたら、申し訳ありませんが・・」
言い辛そうに言葉を濁した主人に、意識せずとも眉間に皺が寄る。俺に回せないほどの上客でもとっているのか、と。頭に浮かんだその一言は口に出せなかった。腰を低くした主人は白髪交じりの頭を下げて、
「つい先日、病で死にました」
何も、言葉が出なかった。
何を言っているんだ?
俺は、何を聞いたんだ?
女が、
白菊が、
死んだ・・?
黙っている俺に構わず主人は言い連ねた。
「白菊の見事な白い肌、白髪。あれは病によるものでした」
「苦しむことなく、眠るようにあのままキレイに死んでいきましたよ」
「副長様が、最後のお客様でした」
「最後が貴方様のような色男で良かった、と、喜んでおりました」
客として対面していた時でさえ聞けなかった女の賛辞も、嬉しいはずなのに、もうどうでもよかった。
嘘だ。
そう感情が思っても、主人が俺にそんな嘘を吐く理由などない。理性が理解していた。身内の死に慣れきってしまった理性が、それでも、
「そうか、・・・邪魔したな」
逃げるように店を出た。
焼け付くような頭の奥で、こんな時でも今すぐに泣けない身分が憎かった。