『酒は飲んでも呑まれるな』
まったくもって先人は良い言葉を残したと、銀時もこの時ばかりは肩を落とした。理性は僅かだが、確かに残っていたのだ。ただその僅かな理性すら、年のわりに子供染みた意地の前では脆くも崩れ去る。コイツには、コイツだけには何が何でも負けられない。そんな意地とプライドと、どこか浮くような高揚感。悔しくも、軽い口での応酬と手足をぶつけ合う遣り取りは確かに楽しいと、ガキのように感じるときすらあったのも事実だ。だがしかし。
「越えてはイケナイ、一線?」
ではないのだろうか。今の自分の、この状況というものは。
嘘つきは恋のはじまり...? 〜酒〜
一杯飲もうと立ち寄った河川敷の屋台。黒い着流しの背を見てまさかとは思いつつも相席してみれば、そいつはやはり天敵の副長様で。お互い顔を確認してすぐの皮肉・悪口・ボケとツッコミ。自分が退くのも感に触ると意地を張り合って、眉間に皺を寄せながらカウンターの下、地味に片足伸ばして蹴り合い踏み合い。相手が飲めばこちらも一杯。そうしていつのまにか一杯だけだったはずの酒は杯を重ねていき、頑なだった互いの態度もぐでんぐでんに。たった一時間で出来上がった真っ赤な顔と上半身を死んだようにカウンターへ乗せ、暗く重苦しいずぅうううんとしたオーラを纏い黙り込んだ二人の姿。弱った店主は暖簾を下げる。この一時間ばかり、先に来ていたこの二人の客の威圧感に圧され他の客が寄って来ないという、実に悲しい事実に気付いていたからだ。意中の二人も潰れたようだしと、店主は早い店じまいを開始した。
「お兄さん達ぃ、もう店閉めるよー?」
「「ぇえー?!」」
途端に揃って起き上がるその様子に軽く気圧されるも、店主はもう決めていた。
「閉めますよ!」
火照った身体の熱さに、夜風はとても気持ちいい。フラリと覚束ない千鳥足をどうにか自宅へと推し進める。銀時の右手には一本の日本酒「鬼嫁」が。左手には何故か、天敵である男の荒れた男らしい右手が。黙って土方の手を引いている自分のその姿はまるで、夕闇に街中で見かける親子のようだと、銀時自身思い至っていた。月明かりの闇を無言で歩く。手を繋いで。何だよコレと考えながら、向こうが離そうとしないなら離さなくてもいいかと。銀時は基本来るもの拒まずの姿勢でひた歩いた。
万事屋の戸を開けて、目に入った少女の寝ているであろう押入れをぼやっと見る。その後未だ手を繋げたままの男を見て、再度自問自答。
―――何やってんの、俺?
室内へ入ってしまうと、酒に酔った身体はまた熱を生む。頭の中はぼやっと靄がかかったままだし、隣の男は変に大人しいし、そんな状況を黙って享受してしまっている自分もらしくないし。そろそろ身体が睡眠を欲している事実も否めない。
「・・・銀時」
「・・・・・は?」
その口で自分の名が呼ばれた。そんな目の前の現実さえ、今の銀時には曖昧な夢のように思えた。瞳孔の開いた、今まで見たことのない熱い目。熱い吐息。握られたままの手から伝わる体温。その手が不意に、強く握られた。
「銀時」
地に足が着かない浮遊感。喉の渇き。お互い理性はとうに―――消えていた。
眠れる布団など一つしかない。熱い身体には薄い夜着はもちろん、下着すらも煩わしく感じられて、二人黙って衣服を脱いだ。銀時が誘うこともなく、土方が伺うこともなく。二人はそれが自然のことかのように、熱い身体を寄せ合い一つの布団に入った。
ここで一つ、誤解なさっているであろうお嬢様方へのご注意。二人は寝ただけです。本当に同じ布団で、子供のようにスヤスヤと、眠っただけです。
朝方、銀時は目覚めた。早朝特有の空気の冷たさに、思わず身体を震わせる。
「寒っ・・・」
モゾモゾと身体を縮込ませると、にゅっと背後から二本の腕が伸び自分を包んだ。糖分過多で多少もちっと感の否めない自分の腕とは違い、しっかりと本物の筋肉がついたその腕。そして頭部から背にかけて当たる厚く硬い胸板。これだけ密着すれば嫌でも香る嗅ぎ慣れた苦い煙草の匂い。低血圧の寝惚けた頭でどうにかこの状況を理解したうえで、銀時は簡単に意識を手放し夢の中へと戻った。
「あったけェー・・・」
「ん・・・」
ぐっと強く、更に引き寄せられた身体は丁度心地よく感じる体温だった。
この約五時間後、自分の置かれている状況に顔を青褪める副長殿。天敵だった二人はこの一夜と目覚めの遣り取りのみで、180℃関係が変わる。