全く、散々な一日だ。全力疾走したものの結局一分の遅刻。たった一分もされど一分。仕事に煩い鬼の副長が遅刻。その失態は総悟の嫌味な毒舌の格好の餌となった。
「朝帰りのうえ遅刻となっちゃ、こりゃ副長の座が手に入るのも近いんでしょうかねェ」
「っな、ななななな何言ってやがんだテメー・・・!」
「・・・・・」
あまりにも土方らしくないその動揺ぶり。軽口で言った何でもない言葉が、たいしたことじゃ動じない土方をここまで乱した。その何か面白い・楽しめそうな気配に、沖田は内心で細く笑む。これで当分の間飽きない玩具が出来たぜィ・・・。変に確信を持って。
嘘つきは恋のはじまり...? 〜悩〜
沖田の腹黒い心中も知らず、彼の毒舌からどうにか離れ職務に就けば、頭を占めるのは坂田銀時ただ一人。あの時俯きながら震えていた、見たことのない姿。力のない声。
「っ・・・・・最悪だ」
数枚の書類に目を通しサインするだけという、軽い仕事のわりに疲れきった身体を横たえ、土方は溜息と共にその顔を両の手で覆った。マジでヤっちまったのか・・・、と。後悔やら罪悪感やら、色んな感情が複雑に混ざり合って、自分自身でさえ本当の感情を断定出来ない。仕事の合間、少しでも昨夜の行動を思い出そうと頭を回転させた。曖昧に霞がかった情景を、遣り取りを、パズルを作るように一欠けらずつ探しだしていくその作業。
夜、河川敷の屋台。確かやってきたのは向こうだった。そこでいつもの遣り取り。そして意地と意地がぶつかっての飲み比べ。
「それから・・・・」
それからだ。
酒に酔い、理性も記憶も確かでない状態で、俺たちは何をした・・・?
『あんなに強く抱いてきたクセに。最っ低ェー』
鮮明に思い出されるこの言葉。衣服の散らばったあの状況。確かに覚えている。あの肌の体温と、抱き締めた時の深い安心感、温かい感情。
「っ、まずい・・・・まずいだろ、コレは・・・」
一体全体何が「まずい」のか。分かっているけれども認めたくはない自分が居て、それは土方に“確かな安全”と“敗北”を意識させた。
「・・・目ェ開けながら寝てるアルかこのニコ中野郎ォ」
「は?っ、うお?!」
気配はおろか音もなく、真横からかけられた高い声に思わず驚きを隠せなかった。驚き距離をとるこちらを、相変わらず考えの読めない青い目で見つめる少女。その口にはいつもの好物が一つ。
「な、なんだチャイナ娘・・・・何か用か」
この娘がいるのならば、あの男も来ているのだろうか・・・?だとしたら是非とも今は会いたくないものだ。まだ心と頭の整理がついていない。
酢昆布を銜えたままの口はそんな土方の切実な心境を知ってか知らずか、実に不遜な口調で話し始めた。
「銀ちゃんが・・・」
「!?(なな、何だ?!)」
「コレ、お前に持って行けって。私おつかい頼まれたヨ」
用はそれだけネ。と、その手には小さな紙袋が握られていた。
「おつかい・・・・なら、今日は一人か?」
土方の希望が篭もった問いに、少女の頭は固定の意で揺れる。途端に安堵とも言えぬ、妙に胸を風が通るような感覚を味わって、また土方は自分を見失った。
ああ、まずい。
危険な方へと向く思考を少しでもやり過ごそうと、土方は少女から「おつかい」の紙袋を受け取りヒョイと軽く覗き込む。そしてまたもや固まる破目になるのだった。今朝と同じように。
「・・・・・」
「・・・・・」
一室を沈黙が支配し、小さく溜息を吐いた神楽は軽い口調で言う。
「ヤったのか」
「ヤってねェ!!って、お、ハッ?!」
思わず勢いに任せ反論したものの、その内容に慌てる新撰組副長の様子は、何と滑稽なことだろう。原因である少女は自身の爆弾発言に臆することなく、淡々と爆弾を落とす。
「銀ちゃん、今日の機嫌とってもいいヨ」
「ぁ?」
昨日酔ったお前が居酒屋のお代を全部払ったうえ、日本酒を一本家に置いていったからな。
と、これは残念ながら少女の心の中で呟かれた。
「銀ちゃん機嫌いいと、私も嬉しい」
「あ、ああ・・・」
頭撫でて笑ってくれる。酢昆布のお駄賃までくれた。だからここまでのおつかいも文句言わずに来たヨ。お前からもそれなりのモン貰うしな。
と、コレも心の声。
「銀ちゃんから、伝言」
「っな、何だ・・・?」
『んな大事なモン忘れてちゃ、“鬼の副長”が聞いて呆れるっつーの』
伝言に何の反論も出来ない土方の持つ紙袋の中には、黒の“警察手帳”がポツンと収まっていた。